坂根 弦太

さかね げんた (サカネ ゲンタ)

坂 根 弦 太 (SAKANE, Genta)


E-mail: gsakane[at mark]chem.ous.ac.jp



【出生】 福岡県にて、(1968年(昭和43年)2月の雪降る寒い日)の深夜(早朝)に

【出身地】 広島県福山市(吉備国・備後)

【生育地】 千葉県松戸市(江戸川の東側)・東京都足立区(江戸川の西側)

【現在地】 岡山県岡山市(吉備国・備中)

【高校時代】 東京都板橋区

【大学時代】 岡山県岡山市(吉備国・備前)

【海外生活】 英国(England)東北部, ケム川の流れる街(1999年4月-2000年3月)

【干支】 去る年

【星座】 Aqr

【化学系の親族】 祖父(発表論文の一部:融点,測定法と多形豚脂の純度判別やし系油脂の低温劣化食用油脂の熱分析固形脂の物性への乳化剤の効果加工油脂の物性加工油脂の一般性状,安定性微量成分,添加物及び脂肪酸トコフェロール微生物,防ばいその他

【血液型】 大型

【趣味】 天体観測・天体写真・釣り・園芸・淡水魚熱帯魚飼育・散歩・古墳散策・考古学

【嗜好・思考】 大きすぎるから宇宙が好き、小さすぎるから原子・分子・電子が好き、古すぎるから古墳が好き、未来が好きだから仕事は教育。

【特技(芸)】 化学デモ実験・周期表元素名早口暗唱・月面スケッチ・ハタハタ料理

【好きな食べ物】 讃岐うどん・べらた(なれそれ)・どろめ・生レバー・ホタルイカ・ScotlandのHaggis・Englandの揚げたてhaddockのFish&Chips

【嫌いな食べ物】 Englandの伝統的料理全般・Englandの甘すぎるスイーツ全般・Englandの冷めたCodのFish&Chips

【好きな飲み物】 日本酒・ワイン・紹興酒・岡山の水道水・日本のブラックコーヒー・Irelandのビール

【嫌いな飲み物】 Englandの自動販売機のホワイトコーヒー(人間の飲み物ではない)・Englandの水道水(硬すぎる)

【好きな音楽】 OFF COURSE, TULIP, さだまさし, The Beatles, まりこふん, Gustav Mahler

【座右の銘】 誰かに愛される伝説を作る、そんな人生を歩みたい


【理科に関する想い出】・・・私のバックグラウンド

・幼稚園・小学校時代(1974年(昭和49年)4月〜1980年(昭和55年)3月)

  ・近所の友達と一緒にコオロギを山のように捕まえて飼育しました。

  ・物心着いたころから、学研の図鑑を穴の空くほど繰り返し眺めました。

  ・紙芝居のおじさんから10円で買ったウシガエルのオタマジャクシを飼育しました。

  ・木製の舟を父親に作ってもらい、嬉しくて毎日お風呂で遊びました。

  ・小1の時、夜更かしして部分月食のスケッチをしました。

  ・小1の時、オオスカシバ(大透翅蛾)の幼虫をクチナシで育て、羽化を観察・記録しました。

  ・カブトムシを幼虫から飼育しました。

  ・何より昆虫採集が好きでした。蝶・トンボ等々、標本もたくさん作りました。

  ・セキセイインコ、十姉妹、犬を飼っていました。

  ・竹ひごと紙(もしくはビニール)でタコを作って、飛ばしました。

  ・ホタルを何十匹も捕まえて、本当に新聞が読めるかどうかという実験をし、
   大瓶いっぱいのホタルを結果的に殺してしまいました。

  ・川釣りに連れて行ってもらい、餌に使う川虫を夢中で捕まえました。

  ・海釣りに連れて行ってもらい、捕ったら食べる、食べるために捕る、という基本を学びました。

  ・買ってもらった小型望遠鏡・小型顕微鏡に、相当に強い影響を受けました。

  ・井伏鱒二訳のドリトル先生の全集を買ってもらい、話の筋を暗記するほど
   グルグルと何度も繰り返し読みました。

  ・工作用紙でいろいろなものを作るのが大好きでした。

  ・プラモデル作りが大好きでした。

  ・近所の田んぼでドジョウを捕まえ、沼でザリガニを釣り、川で雷魚を釣りました。

  ・誠文堂新光社「子供の科学」の投稿マニアで、応募しては頻繁に景品をもらっていました。

  ・はんだごてを買ってもらい、ゲルマニウムラジオ、一石ラジオ、二石ラジオなどを組み立てました。

  ・東京・有明で開催された宇宙科学博覧会に何度も通い、
   影響を受けてサターン&アポロ宇宙船の巨大模型を工作用紙で作りました。

  ・有珠山の火山灰の実物を入手して感動しました。

  ・朝日新聞のCOSMOSの連載を読んで、どっぷりはまりこみました。

  ・小5・6のときの理科クラブの活動が大好きでした。

・中学校時代(1980年(昭和55年)4月〜1983年(昭和58年)3月)

  ・科学部で、よい友人たちと環境(自由に使える理科室)に恵まれ、
   自然科学全般に対して造詣を深めることが出来ました。

  ・科学部で科学部新聞「サイエンス」を編集・発行しました。

  ・中2の時、理科の先生に“化学のドレミファ”を紹介してもらい、
   柏の書店で親に買ってもらって、夢中になって読みました。

  ・「科学入門」という本に出会い、ケプラーの法則等に深い感銘を受けました。

  ・中2の時、水素からロ−レンシウムまで、周期表を完全に暗記しました。

  ・近くの川や学校のプールで、プランクトンネットで微生物を採取したり、
   薬品棚の薬品を片っ端から水に溶かして電気伝導度を調べたり、
   銚子まで化石採取に出かけたり、クルックス管で遊んだり、
   肉汁を使ってパスツールの実験をしてみたりと、
   一通り理科の実験は何でも片っ端から楽しみました。

  ・上野の科学博物館、竹橋の科学技術館、目黒の寄生虫館など、
   博物館に入り浸りました。

  ・MSXパソコンを買ってもらい、BASICのプログラム作りに夢中になりました。
   例えば、周期表元素の元素記号を覚えるためのプログラムを作りました。

  ・熱帯魚の飼育に熱中し、繁殖にも成功しました。

  ・雑誌「現代化学」を初めて読み、化学の世界に強い魅力を感じ始めました。

  ・祖母に赤道儀式反射望遠鏡を買ってもらい、月面、惑星、銀河などの観望に夢中になりました。

  ・中3の時、友人たちと初めてプラネタリウムドームの製作に挑み、
   文化祭で上映しました(上映機は市販品)。

  ・カエルをエーテルで麻酔して、解剖しました。
   生理食塩水に心臓だけをつけておいたところ、しばらく動いていました。

  ・王子の駿台高等学校で土曜日に開催されていた駿台天文講座によく通いました。
   帰りに王子の商店街の魚屋で新鮮な魚を買って、千葉県の家に帰ってから
   塩焼きにしてもらって食べるのが、当時の最高の幸せでした。

  ・竹内均先生、村山定男先生、磯部しゅう三先生、冨田弘一郎先生の
   お話(文章・講演・講習会等)が好きで憧れ、イベントには何度も行きました。

  ・千葉の県立高校理数科を受験して落ちて、東京都板橋区の私立高校に
   行くことになりました。私立高校の受験番号は4989で、こりゃ落ちるよと
   周りから言われていたのに、たぶん5教科入試で理科があったのが幸いして
   合格することができました。

・高等学校時代(1983年(昭和58年)4月〜1986年(昭和61年)3月)

  ・化学部で、よい友人たちと環境(自由に使える化学室)に恵まれ、
   化学全般に対して造詣を深めることが出来ました。

  ・化学部の先輩に、部の伝統の派手で面白い化学実験を伝授してもらいました。

  ・化学部の夏合宿で、あちこちの温泉の源泉に行って分析をすることにより、
   定性分析化学の基礎が身に付きました。

  ・書籍「化学マジック」の実験は、試薬が揃っていて実行可能であれば、
   ほとんどやってみることができました。

  ・塩素酸カリウムと硫黄を乳鉢で混ぜていて火が噴き、眉毛が燃えてなくなりました。

  ・学園祭では化学部として、さまざまな演示実験を毎年行いました。
   火山の噴火、ルミノールの発光、ナイロンの合成、ケミカルガーデン等々。

  ・友人たちと清里まで望遠鏡をかついで旅行し、天体観測しました。

  ・白黒写真の現像・引き伸ばしに凝り、自宅の部屋は暗室と化して、
   いつも酸っぱい停止液(酢酸)の匂いが漂っていました。

  ・サンシャインプラネタリウムで開催される講演会イベントに、時々参加しました。

  ・上野の科学博物館で開催される講演会・観測会等に、時々参加しました。

  ・野辺山の電波観測所の見学ツアーに参加して、電波観測に感銘を受けました。

  ・高3の時、筑波研究学園都市で開催された国際科学技術博覧会の
   回数券を買ってもらって、何度も何度も通いました。特に富士通館の
   水分子の分子動力学シミュレーションの3D動画が好きで、
   まるで当時愛読書だったジョージ・ガモフ全集の『原子探検のトムキンス』
   の世界を体験しているような錯覚に陥り、化学の世界の素晴らしさに胸が躍りました。

   「原子探検のトムキンス」(最近では市販中の書籍トムキンスの冒険で「原子の国のトムキンス」と訳されている)の

    「此処ほど奇想天外な処はどこにもありません。
    私達は今、奥様のご主人が飲んでおられます
    ハイボールの液表面、極めて僅かの部分を
    まのあたりに眺めているのでございます」

   とマクスウェルの魔がしゃべるあのシーンです。

    ※このトムキンス氏の冒険シリーズ、私の書評でも紹介しておりますが、最近では不思議宇宙のトムキンス
     コミック化されたトムキンスさんなど、作者没後40年ほどが経過した21世紀の現在でも新たに出版が続いている
     不朽の名作です。もちろんこれらの書籍は理系書籍の蔵書充実度では抜群の岡山理科大学図書館にも所蔵されています。
     岡山理科大学の学生さんでしたら、是非OLIONシステムで検索して借用・読んでみてください。


    ※全くの余談になりますが、上記岡山理科大学図書館の蔵書検索システムOLIONマスコットキャラクター、ココダケの話、
     実は私の書いたものです。当時(私が学部生だった頃)、
OLIONシステムのマスコットキャラクターの公募があり、
     作品採用時の薄謝(図書券)欲しさに下手な絵を描いて応募、なぜか摩訶不思議にも採用されてしまった次第です。
     この私の書いた下手な絵、例えばOLIONシステムのマニュアル(pdf文書)の表紙にも描かれています。


   ところで、筑波研究学園都市で開催された国際科学技術博覧会の話に戻りますが
   このときコスタリカ館でいただいたコーヒーがあまりに美味しくて、
   未だにコーヒーでは「コスタリカ」が一番好きです。

  ・学校帰りに神田の古本屋に寄り、50円コーナーか100円コーナーの
   ブルーバックスを買い漁って通学時電車で読みました。特に都筑卓司先生の
   著作(マックスウェルの悪魔など)が好きでした。

  ・通学時、電車で三省堂化学小事典をよく読みました。学生服の
   ポケットにスポッと入りやすく、いつでも携帯していました。
   ある一つの言葉の説明を読み、その説明の中に出てきた分からない
   言葉を引いて読み、の繰り返しで、やがて化学の専門用語がどんどん
   分かるようになり、古本屋にある専門書も、現代化学の記事も、
   読んで分かるようになっていきました。

  ・現代化学のクロスワードパズルの愛読者でした。当時はなかなか
   答えが分からなかったものです。しかし、三省堂化学小事典や
   岩波理化学辞典(古い版のを神田の古本屋で格安(200円〜300円だったような)で
   購入しました)調べるうちに、やがて解けるようになりました。

  ・化学の試験(だけ)が大好きで、化学だけは高得点(たしか高校時代は
   化学だけはずっと学年1位だった)、その他の教科はボロボロ
   でした。特に英語がメチャクチャだったような・・・(赤点)。

  ・高2の時、とにかく大学は、理学部系の化学科に行きたいと心が固まり、
   全国の国公私立の理学部化学科をリストアップして検討しました。
   私立大学についてはすべてパンフレットを取り寄せました。

  ・私立の化学科の中では、岡山理科大学のパンフレットに、
   一番心が惹かれました。例えば当時珍しかった1年次生から化学の専門教育が
   始まるくさび型方式(当時、普通は1〜2年は教養、3年からが専門)、
   たくさんの実験科目、本格的な研究設備、何より“理科大学”だけあって
   図書館、大型計算機、分析センターなど施設が理科系に(特に化学・物理系に)
   特化しており、また学長挨拶から学科の説明まで、パンフレットの誇張の
   なさそうな好ましい文章・写真など、すべてが好印象でした。

  ・当時、千葉県から東京都板橋区の高校まで、常磐線各駅−常磐線快速−
   山手線−東武東上線と、片道1時間30分以上かかる電車通学をしており、
   とにかく東京の電車通学地獄から抜け出して地方で徒歩・自転車で
   通学したいという気持ちが強く、第一志望は岡山理科大学と心が固まりました。

  ・高2の夏休み、実際に岡山理科大学キャンパスに遊びに行き、
   学内を探索してアカデミックで自然豊かな雰囲気がとても好ましく、
   将来は絶対にここに来たいと決心しました。今から思えば、まだ11号館が
   テニスコートだった時代で、当時は大学生・大学院生は、キャンパス内まで
   バイクで自由に乗り入れていました。休みなのに、けっこう大学生の方が
   たくさんいて、キャンパス内に活気があったのを覚えています。
   帰路の地獄坂で、高所恐怖症の私は足がすくみましたが・・・。

  ・高3の冬、岡山理科大学の推薦入試(池袋の東京会場)で受験し、その後
   郵送で正月前に合格をもらいました。とにかく嬉しかった想い出です。

・大学時代

  ・入学してすぐに天文部に入り、素晴らしい先輩、同輩、後輩に恵まれ、
   3年間みっちりと天文学、天文観測に浸かりました。人生で(いろいろな
   良い意味で)一番濃い時間だったと思います。

  ・下宿:1〜2年生のときは、宿のアパート(宿では最初に建ったという噂の
   しっかりした木造アパート、今はもうありません)でした。
   3年からは笠井山山腹の原でした。原の下宿には、イギリスに留学する
   1999年3月までお世話になりましたので、11年間も住んでいたことになります。
   お店も自動販売機も何もない山奥(目の前は谷)でしたが、
   毎朝起きれば、まるで爽やかな高原の旅館気分でした。
   夜見上げる星空も最高でした。下宿でも素晴らしい友人に恵まれ、
   また天文部の先輩・同輩・後輩と鍋パーティーをすることも多く、
   とてもたくさんの想い出があります。自転車で深夜に帰宅する際に、
   何度か野犬に襲われそうになったことだけは怖い想い出ですが。

  ・大学の図書館には、毎日のように通って、読みたい本を限界いっぱい
   借り続けました。図書カードの貸出欄がすぐにいっぱいになってしまって
   カウンターで何度も作り直してもらいました。理科系の書籍が明治・大正期から
   現在に至るまで、信じがたいほど揃っており、神田の古本屋に通い慣れていた
   私も、こんなに充実している理科系図書館があるのかと狂喜乱舞したい気持ちに
   なりました。

  ・情報処理センターにもお世話になりました。大型計算機FACOMの使い方を
   一から教えていただき、大学3年のときにはJCLもそれなりに使いこなせるように
   なりました(当時、天文部はFACOMのIDを情報処理センターに登録申請して、
   PTENのIDを各人持っていました)。この経験は、研究室に入ってからすぐに
   役立ちました(X線構造解析と分子軌道計算)。
   11号館の特殊処理室のパソコン類も、よく徹夜で使わせていただきました。
   いったい何回11号館に泊まり込んだことやら、11号館の管理人さんにも
   大変親切にしていただきお世話になりました。
   ラインプリンターから気持ちよく計算結果が印刷されてくる様子、
   FACOMでたくさんのJOBが競い合って走っている様子、
   とても大好きでした。

  ・天文部時代、何より好きだったのが「月面クレーターのスケッチ」と
   「月面クレーターの写真撮影」、ついで「流星観測(眼視・FM電波)」、
   天文部の想像を絶するような充実した観測機材(フローライト望遠鏡、
   20cmの反射、SAO星図(The Smithsonian Astrophysical Observatory Star Atlas)、
   何台ものポタ赤(ポータブル赤道儀)、超広角ナグラーアイピース等々)を
   使わせてもらい、思いっきり活動できました。白黒写真も大きな印画紙に
   焼いてパネルにするまで、天文部の伝統的な技術・ノウハウを先輩方に
   教えていただき、数多くの作品を仕上げる楽しみを味わうことができました。

  ・3年の12月に研究室のプレゼミが始まってから、とりあえずキッパリと
   天文から足を洗って化学に没頭しました。生活は180度変わりました。


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