7.2 電子スピン

 Hartree 法では,電子は1つずつ軌道関数(一電子波動関数)に割り当てられ(軌道に入り),その軌道関数の積が原子全体の電子状態を表すとしている。しかし実際には,電子状態は軌道の性質(主量子数,方位量子数,磁気量子数の3つの量子数で決まる)のみならず,電子自身がもつ性質(スピン)も考慮してはじめて正しく記述できる。

 ここではスピンの概念を天下り的に与えることにする。スピンは下図のように一応「自転」にたとえることができるが,似て非なるものであることに注意する。

核の周りを電子がまわる(公転)
    → 軌道角運動量 l

電子の自転
    → 電子スピン角運動量 s を定義
      (対応する古典的物理量はなし)

 スピン角運動量演算子 に関しても,角運動量演算子の交換関係(1.3節)が成立するとする。

(7.2.1)

(7.2.2)

(7.2.3)

(7.2.4)

 一般の角運動量演算子と同じように,(7.2.1) 〜 (7.2.4) の交換関係から, に共通の固有関数 ϕ が存在し,(7.2.5),(7.2.6) が成立することが導かれる(1.3,1.4節参照)。

(7.2.5)

(7.2.6)

 ここまでの段階では,スピン量子数 s(軌道角運動量における方位量子数 l に対応)が取りうるのは整数または半整数であるが(式 (1.4.23)),電子スピン角運動量ではこれを 1/2 ただ1つであるとする。したがって,スピン量子数 s とスピン磁気量子数 ms


である。ms が 1/2,-1/2 に対応する固有関数(スピン波動関数)をそれぞれ αβ とすると,

   

(7.2.7)

   

(7.2.8)

となる。一般に,α の状態を上向きスピン,β の状態を下向きスピンとよぶ。

 スピン角運動量をベクトルの矢印で図示すると,左のようになる。軌道角運動量のとき(1.8節)と同じように,角運動量の大きさと z 方向の成分は確定するが,xy 方向の成分は決まらない。

電子スピンを考慮すると,電子状態を決める量子数は,主量子数 n,方位量子数 l,磁気量子数 m,スピン磁気量子数 ms の4つということになる。

Revised: 2007-07-02

核も「自転」していると考えられるので,核スピン角運動量 I が定義できる(磁気モーメントの章を参照)。

電子のスピン量子数 s が 1/2 ということは,スピンに関して取りうる状態の数が 2 ということである(αβ)。このことは Stern と Gerlach により実験的に確かめられており,この実験結果を解釈するためにスピン仮説が導かれた。その後,Dirac によって理論的にも確立された。

スピン量子数 s が半整数の粒子を Fermi 粒子,整数の粒子を Bose 粒子とよぶ。電子,陽子,中性子は Fermi 粒子,光子は Bose 粒子である。