7.5 Hartree-Fock 法

 一般の原子の全波動関数を Slater 行列式

(7.3.9)

ただし,

(7.3.10)

で表したとき,最低の全エネルギーを与える一電子波動関数 ψi の組は次の Hartree-Fock(ハートリー−フォック)式を満たす。

(7.5.1)

ただし,

(7.5.2)

(7.5.1) は,全波動関数を単純な一電子波動関数の積 (7.1.4) で表したときの Hartree 式 (7.1.5) に対応するものである。(7.5.1) と (7.1.5) の違いは,(7.5.1) の左辺に第2項が加わった点である。

 (7.5.1) の両辺に ψi*(τi) を掛けて τi について積分すると,一電子エネルギー εi は,

(7.5.3)

となる。(7.5.3) の右辺第1項は,Hartree 法のときの εi と同じで,

(7.5.4)

一電子積分(コア積分

(7.5.5)

二電子積分(クーロン積分

(7.5.6)

である。(7.5.3) に新たに加わった第2項は,


    
    

(7.5.7)

のように書くことができる。ここで,

(7.5.8)

交換積分とよばれる。したがって,εi

(7.5.9)

である。

 全電子エネルギー E は次の式で表される(解法は煩雑になるので省略)。Hartree 法の全電子エネルギー (7.1.9) と比較すると,交換積分の項が加わっていることがわかる。


   
   

(7.5.10)

 ここで,一電子波動関数 ψi(τi) を軌道部分 φi(ri) とスピン部分とに分けて上記の各積分を記述してみる。

 コア積分 (7.5.5) に ψi(τi) = φi(ri)α(σi) を代入すると,スピン部分の積分は規格化されているので,

(7.5.11)

となる。当然,スピンが β の場合でも同様である。

 クーロン積分 (7.5.6) についてもスピン部分の積分は1となる。例えば,αβ の組み合わせでは,


   
   

(7.5.12)

である。これは,αα または ββ の場合でも同様である。なお,(7.5.12) の最後の行は簡略化した記述である。

 一方,交換積分 (7.5.8) の場合は,スピンの組み合わせによって結果が異なる。いま,αβ(異なるスピンの組み合わせ)とαα(同じスピンの組み合わせ)のそれぞれについて計算すると,

(7.5.13)

となる。(7.5.13) 2行目上段は異なるスピン同士の場合で,αβ は直交していることからこの積分は0である。一方,下段の積分は同じ α スピン同士の場合で(β でも同じ),値は1である。したがって,2つの電子のスピンが異なる場合の交換積分は

(7.5.14)

スピンが同じ場合は,


   

(7.5.15)

である。

 次に,スピンを考慮して,偶数個の電子をもつ基底状態の原子の全エネルギーを表す式を求める。電子の数が n のとき,被占原子軌道の数は n/2 である。(7.5.10) の2行め第1項(一電子項)を書き直すと,

(7.5.16)

となる(i は電子の番号,k は原子軌道の番号)。(7.5.10) の2行め第2項(二電子項)

(7.5.17)

については,2つの電子の軌道とスピンの組み合わせにより以下のように3つのケースが考えられる。

  • 電子 ij は同じ軌道 k に入り,異なるスピン(αβ または βα)を有する
         

  • 電子 ij は異なる軌道 kl に入り,異なるスピン(αβ または βα)を有する
         

  • 電子 ij は異なる軌道 kl に入り,同じスピン(αα または ββ)を有する
         

これらを全部足しあわせると,

(7.5.18)

(7.5.19)

となるので,全エネルギーの二電子項は,


  
  

(7.5.20)

となる。なお,(7.5.20) の最後の行の変形では k = l のとき次の関係が成り立つことを利用している。

(7.5.21)

 (7.5.16) と (7.5.20) をまとめると,電子数 n の基底状態にある原子の全エネルギー E0

(7.5.22)

である(kl は原子軌道の番号)。

Revised: 2007-07-30

交換積分に対応する古典物理量はない。(7.5.8) はクーロン積分 (7.5.6) の ψi(τ1) と ψj(τ2) の座標 τ1τ2 を交換した形になっているのでこうよばれる。