10.5 水素原子の電子遷移の選択律

 ここでは,水素原子がもつ1個の電子が,光の吸収または放出に伴い軌道間を遷移するときの選択律,すなわち遷移モーメントが 0 にならない条件を導出する。

 水素原子の軌道関数は,(10.5.1) に示されるように,動径分布関数 R と球面調和関数 Y の積で表される。

(10.5.1)

(10.5.2)

(10.5.2) の cl,m は規格化定数,P は Legendre 陪多項式である。

 いま,量子数 nlm の軌道から n'l'm' の軌道へ電子が遷移したとする。このときの遷移モーメント μn',l',m'←n,l,m

(10.5.3)

である。r =(x,y,z) について

(10.5.4)

(10.5.5)

(10.5.6)

(10.5.7)

の関係式を用いて極座標系に変換する。

 まず,z 軸方向の偏光に対する遷移について調べる。遷移モーメントの z 成分は,

(10.5.8)

である。(10.5.8) の右辺の中の r に関する積分が 0 にならないことはすぐわかる。

(10.5.9)

 θ に関する積分については,Legendre 陪多項式に関する次の関係式

(10.5.10)

を利用すると,


  
  

(10.5.11)

となる(最後に x = cos θ を代入している)。Legendre 陪多項式は直交系を成しているので,積分が 0 にならないためには,l' = l ± 1 かつ |m'| = |m| を満たしていればよい。

 φ に関する積分

(10.5.12)

は,m' = m のとき以外は 0 である。以上から,遷移モーメントの z 成分 μz は,l' = l ± 1 かつ m' = m のとき 0 にならないことがわかる。

 次に,x 軸,y 軸方向の偏光について調べる。遷移モーメントの xy 成分の r に関する積分は z 成分の場合と同じである。θ に関する積分

(10.5.13)

は,次の関係式

(10.5.14)

を利用すると,l' = l ± 1 かつ |m'| = |m| + 1 のときに 0 にならないことがわかる。

 遷移モーメントの xy 成分の φ に関する積分はそれぞれ

(10.5.15)

(10.5.16)

であるが,m' = m ± 1 のとき以外は 0 である。

 以上をまとめると,

水素原子では,方位量子数の変化が Δl = ±1 かつ磁気量子数の変化が Δm = 0 または ±1 を満たす軌道間でのみ光の吸収・放出に伴う電子遷移を起こす。

Revised: 2007-07-12